No.6
『3月11日その後』
(2011年3月24日)

【3月11日】2時46分。
地震のとき、タビママは自宅のガレージの車の中でカーナビをつけていました。
揺れているので外に出ると、電線がブランコのように揺れていました。
ひえええええ
すぐにお隣の一人暮らしの老人の家に行って声を掛けると返事が返ってきて一安心。
でも、一応中に入ってみると、なんと!!
酸素吸入器が停電で止まっていて警告音がピーっとなっている!!!!
酸素ボンベの会社に緊急連絡しようにも電話が通じない!!
携帯から119番が通じて、消防車が来てくれた。
消防車も連絡に手間取っていて、1時間ほどしてやっと救急車が来てくれた。
ああ、良かった〜。
地震の直後から停電で、電気が来たのは次の朝の8時だったので、
もし家にいたら途中で酸素が切れて大変なところでした。
ホッとして家に入ると、食器棚からグラス類が大量に飛び出して割れて散らばっていました。
厨房に入ると、棚から調味料のビンやパスタが落っこちて散らばっていました。
はああああああ
うちの食器棚はパキスタンにいた時に買ったパキスタン製の食器棚で。
すごく大きくて重くて、微妙につくりが悪い。
こっちの戸を閉めるとあっちが開いて、あっちを閉めるとこっちが開くって感じで、
いつもどこかしら開いているので地震向きじゃないですね。
その日は薪ストーブをつけて、ラジオを聴きながら寝ました。


【3月24日】 1年半、朝食準備とお掃除を時々手伝ってくれたバイトさんのささやかなお祝いを、今日しました。
就職が決まって4月1日から勤務が始まるため、Oldyellowでのバイトは3月で終わりです。
専門学校の卒業式も地震のために自粛で、証書をもらっただけだそうで。
卒業旅行で計画していた沖縄行きもキャンセルになり。
うちの仕事も中途半端で3月は働けずに終了です。
こんな時だからこそお祝いしてあげたくて・・・・。
お祝いに『豪勢な?』ランチを一緒に食べに行きました。
ホテルのランチを予約しようとしたけれどどこもやっていなくて・・・・・・・
でも、ジョイアミーアが頑張ってオープンしていました。
えらいなあ。
始めは『貸切か?』と思っていたんですが、そのうち卒園式を祝うような一家など4,5組が。
ありがとう。ジョイアミーアさん。


【3月25日】昨晩10時近くになってガソリン切れでうちに泊まった人。
南相馬のご親戚を、見舞ってきた帰りだそうです。
誰もいない屋内退避地域に、ゴールデンや柴やミックスがいて、目が合うとつらかった・・・・・・と。
犬もつらいし、飼い主さんもどんなにつらかったろう。
バスで避難するときに、犬は乗せられず、放してくれと言われたそうです。
胸が詰まりました。


【3月29日】那須町の広谷地の辺りに最近1匹のミックスの大型犬がいる。
今日初めて見たが、知り合いの話では数日前から見ているという。
広谷地には『友愛の森』があり、避難者の相談窓口がある。
もしかして、置いて行かれた???
広谷地の交差点の辺りを人が歩いてくるたびに、急いで近寄って、顔を確かめている。
ドッグフードをあげたけどお腹は空いていないらしくて食べない。
近くには寄ってくるけど触れない。
もしかすると飼い犬かもしれないので、私の勝手な想像だけど。


【4月6日】ちょうどスーダンのジュバから休暇で一時帰国していたタビパパが、国連の仕事で宮城に派遣されました。
実は、タビパパは国連のWFP(世界食糧計画)で働いています。(だから普段ペンションにいない)
まさか日本で災害が起きて仕事に派遣されるとは夢にも思っていなかったようです。
ほとんどの仕事は、アフリカや中近東などですから。
東北の人のために働いてきてください。



【4月8日】震災後、時々テレビでも聞きますが・・・・
温泉が止まったor量が増えたor温泉の温度が上がったor質が変わったetc.
実は・・・・・
うちの温泉の源泉も、湯量が超多くなったのです(゜o゜)
源泉から水がジャージャー漏れているので、初めは地震で壊れたのかと思って。
でも、湯量が地震のせいで超多くなったのでした。
設備屋さんに、あふれている水をプールに流し込むために、パイプつける工事をしてもらいました。
これで、温泉の温度が40度とかになってくれれば、更にうれしいのですが。
世の中そうはうまくいかないようで・・・・・
でもこんなことあるんですね。びっくりしました。


タビパパから電話が電話があって、仙台市の郊外で、物資保管の大型テントを何棟か組み立てているそうで。
昨日4月7日の大型の余震で・・・・・・
テントを組み立てていたイタリア人達が、「こんな所にいられるか!!なんちゅうおっとろしーところだあ」
と騒いだそうで。
で、タビママ言ってやりました。
「なーに言ってんのよ!!ペスビオス火山が噴火して、ポンペイの町が全滅したの、イタリアじゃん!!
(まあ、火山の噴火と地震はビミョーに違うかも知れんけど・・・)
イタリアだって、火山国、地震国じゃん!!エラソーなこと言うんじゃないわよ!!
ポンペイ行って、実際にこの目で見てきたんだからねっ、そう言ってやんなっ!!」
と言ってやりました。


【4月10日】タビパパがから短いメール。
『今日で仙台と石巻の大学と避難所で倉庫完成しました。
明日から、南三陸へ3日間くらい行って来ます。 
写真右は、石巻の総合運動公園内の避難所で立てた32mのテント倉庫2棟。』





【4月11日】地震から今日で1ヶ月。
亡くなられた方々、被災され苦しんでいる方々を思うと、悲しくなります。
今も考え続けているし、いつまでもこの震災のことは忘れずにいようと思います。絶対に。

夕方から何度も地震があります。
余震にだいぶ慣れてきたのですが、今日は何度も強い揺れ。
3月11日の地震で、食器棚からグラス類が落ちて割れたので、地震があるたびに食器棚の戸を押さえに走るのです。
掃除、したくない・・・・・・。

すごく良くない事だと思うけど、最近地震に慣れて、お湯とか沸かしているときに地震が来ても、ガス台のつまみを持ったまま、
『まっ、これくらいなら大丈夫。もうちょっとでお湯が沸くから、このまま様子みようっと』
地震慣れっていうのですかね。
怖いですね。



  

【4月20日】16日の日曜日お友達と那珂川河畔公園のお花見に行ってきました。
桜は満開で、雲ひとつない素晴らしい青空で、とても暖かくて。
大勢の家族連れやカップルや犬連れの人たちがいました。
震災の影響か、いつもずらりと店を開いている屋台や騒々しい音などもなく。
みんな静かに桜を眺めたり、のんびり散歩したり、家族でバーベキューしたり、スポーツしたり・・・
こんなにたくさん人がいても、のどかで静かで、うるさい音や、ゴミもなく。
ああ、なんだか、いいなあと思ったのでした。
お友達が公園の池のほとりで二胡を弾いてくれました。
二胡の独特の、切ないような懐かしいような調べの『ふるさと』を聴いていたら、
津波の被災地の光景を思い出して、涙が出そうになった。
くそっ!!、負けないぞ、
(って、私が思っても仕様が無いけど、なんだかそんな気持ちになった)



【4月23日】前に、広谷地の辺りをうろうろしている、日本犬の大型犬の雑種のお話を書きました。
先日、そのワンちゃんが里親さんに引き取られた、と教えて頂きました。
みんな心配していたそうです。
本当に良かった〜!!
前の飼い主さん、安心してくださいね。
ワンちゃんは良い所に貰われていったそうです。
そして、本当にありがとう。大変な中、那須まで連れて来てくれて。
本当にありがとう。



【5月2日】タビパパからメール。
『昨日、女川行ってきました。女川だけではないですが、未だに手付かずのところばかりです。』



(左 東松島 真ん中 石巻の倉庫 右 南三陸)


【6月1日】しばらく日記を書かなかったのは、パソコンのせいだけではなかったのです。
5月7日に酸素吸入していたお隣さんが突然亡くなりました。
ゴールデンウィークの最後の日で、『よしっ、明日からまたご飯運ぶぞ〜』
と思っていたのに。
もうちょっと、もうちょっと、やってあげたかったな。

ニワトリさん24羽飼っていて、毎朝うるさかったっけ。
その次は、ハトさんいっぱい飼ってたね。
ケンカもしたし、タビにもおやつもらったし、いろいろあったね。
でも、最後にちょっとだけ面倒見させてくれて、ありがとう。

本当の緊急事態の時に助け合えるのは、親でも兄弟でも仲良しさんでもなくて、
近所の人なんだなって、教えてもらいました。
周りの人と仲良く、さりげなく、気遣い気遣われながら暮らしていく大切さを教えていただきました。


【6月2日】
マヌワイ昌美先生とカ・フラ・オ・マヌワイ・オルスタジオのフラチームの方々が被災地の人々を励ますために、那須でフラフェスティバルを開かれました。
マヌワイ先生のハワイ語による、九尾のきつね伝説のカヒコが本当に素晴らしかったです。
また、福島を中心とした被災者の方々を励ましたいという、温かいお気持ちが伝わってきて、本当に感動しました。

じ、じ・・・・・・・実は、タビママもフラダンスを習っております(キャー、言っちゃったー!!)(#^.^#)
まだ、ペーのぺーのぺっぺーなんざますけど……
本当に、いつかあんな踊りに1歩でも今より近づけたらいいなあ……・

あんまり素晴らしくて、写真を撮るのを忘れて、ボーって見てしまいました。


【6月21日】
タビママは昔ペンションをするずっと前、那須で水害にあいました。
平成10年8月。自宅を新築して1年経っていないころ。
新築してすぐにリフォームしました。
それで外国からタビママだけ戻ってきたのです。

その時に気付いたの。
どんな物事にも、悪い面だけがあるわけじゃない。
すべての物事には、良い面と悪い面があるってね。
たとえその時にそれが、悪い面だけしか見えなくても……・。

タビママの場合は、家の気に入っていなかったところを安くリフォームできたし。
町が川をとてもきれいに安全に直してくれたし。(おかげで今の『マイ 遊歩道』ができた!!)
何よりも、その間、暇だったのでペンションにバイトに行っていて、それで一人でペンションをやろうって思ったんです。
だから今のオールドイエローがある。
今の私がある。
ペンションをすることで本当に人間として成長させていただきました。
至らないところがいっぱいあると思うけど、こうしてペンションを続けていけるのは、
お客様のおかげです。
でも、悪い面だけしか見えなかった人は、今でも乗り越えられないように見える。

もう一つ、その時に私を苦しめたのは、『見物』の人々です。
被害を見たいのね。
人の不幸は蜜の味とまで言うと、言い過ぎかもしれませんけど。
だからこの震災の後に、そんな人がたくさん東北に見物に行ったのじゃないかなあと心配しています。
「かわいそうに。自分じゃなくてほんとよかった。」って、その人たちは言うけど。
別に悪いことしたわけでもなんでもないのよ。かわいそうじゃないわよ。
被害にあったけど別にあんたと何にも変わらないわよ、一緒よ。
たまたま運悪かっただけ。
明日はあなたよ。
この狭い日本。どこで何が起きても不思議じゃない。

一度、ホテルから大型バスで水害見物観光に来た人がいて。
朝ホテルで朝食の時に一杯飲んでいい気持ちになって、そのあとは見物に。楽しいよね。人の不幸。
外で後片付けしている老人に、赤い顔をして、「いやっ、頑張ってくださーい」と言うのを聞いたときに、タビママ切れました。
大型バスが走っている横を走ってドアをドンドン叩いてやった。
止まったバスのドアを開けて、「水害見物に来たのか?」と聞くと、そうだと言うので、
わめいてやりました。
「人間としてそんなことしていいと思っているのかあああっ」って。
日本って、日本人って、いつからこんなにアホになったっけ?
情けない。

『同情』されて、東北の人々は今どんな気持ちなのだろう、と時々想像している。
そして、本当の助けってなんだろうといつも考えている。
やっぱり、自分の手を使うことかな。
何でもいいから、何かをするってことが大切かなあ。






    



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